愛情を労働で求めない夫から愛される自分になるために

スポンサーリンク

離婚を回避して夫婦仲を良好にするためには、愛されるあなたになる必要があります。
あなたは今、ご自身をみて「愛される自分」だと思いますか?

 

夫婦関係に悩む方に「私が愛される為には、相手に何かを与えなければいけない」と思っている方が多いのですが、あなたはいかがですか?

 

愛される自分になるためには、いろんなことを努力しなければいけないし、頑張らなければいけないし、何かを与えなければいけない…

 

愛される為の記事は、週刊誌やインターネットでも多く掲載されています。
しかし、努力と根性で「しなければならない」と愛される自分を意識して作っている間は、あなたに「愛されている」という実感が湧くのでしょうか?

 

「しなければならない」と思っているということは「しなければ愛されない自分」という思いがあるということです。
直球の言葉で言えば、「自然体の自分では愛される訳がない。だからしなければならない。」
ということになります。
これは自分を否定する「自己否定感」が強いとも言えます。

 

自然体の自分は愛されない。だから夫(妻)の前ではいい妻(夫)になろうと努力する。
努力がキャパを超えても続いていて、いつからか自然体の自分がどんな自分なのかもわからない程演じ続けている。

 

その結果、夫(妻)と一緒に居ても安心できないし、落ち着かない。
気が抜けないから疲れて、一緒にいることがストレスになり、離婚まで考えてしまう。
あなたに思い当たる節はありませんか?

 

愛される為に何かをすると、相手があなたに何かをしてくれた時にこう思うでしょう。
「私が~をしたから、これをしてくれた」と。
本当は純粋な愛情であなたに何かをしてくれたのかもしれない。

 

それなのに、自分がしたことのお礼や報酬のように受け取ってしまいます。
相手がしてくれることを報酬のように受け取ってしまうと、次第に同じ報酬では物足りなくなります。

 

「これしかしてくれない」「自分がしてあげたことに対して相手がしてくれたことは見合わない」と不満を感じるようになります。
「こんなにしてあげたのだから、この位してよ」と。

 

これではまるで「労働」です。
愛情という賃金を得るために労働し、労働に見合った愛情を得ようとする。

 

 

「愛情が足りない」と不満を募らせているご自身が、愛情を労働化してしまっています。
相手の愛情を素直に自然体に受け取るのではなく、報酬として受け取ってしまっている限りこの不満は続くでしょう。

 

自分が愛されるために行っている努力と根性が報いられない限り続くのです。
報酬としての相手の愛情に不満を持つと「ほら、やっぱり私は愛されない」と思いこみます。

 

自己否定感があり、何かをしなければ愛されないという思いは、幼少期の時に芽生えると言われています。
親と子の関係において、何かをしなければ誉められることも、可愛がられることも、抱きしめられることもなかった方は、愛されるためには何かをしなければならないという観念が根付きやすいのです。
この観念が恋愛にそのまま引き継がれます。

 

これでは悪循環です。

 

まず、愛情を賃金のように計っている自分に気が付いてください。
そして心にある計量カップを手放してください。
カップがあってもいいのですが、メモリはあなたからは見えません。

 

あなたがしてもらったことは、カップに入れても計ることはできません。
だからそのまま、ありのまま受け取り、感じてみてください。

 

ありのままを受け取ることが出来るようになったら、少しずつ気づきはじめます。

 

「愛される自分になるには、何かをしなくてもいいのだ」と。
むしろ、「しなければならない」でしているより、無意識にしているほうが「愛情」なのだということを。

 

全ての人が生まれた時から「愛される価値がある」のです。
あなたももちろん愛される人なのですよ。

スポンサーリンク

関連記事一覧

スポンサーリンク