離婚トラブルの精神的ダメージで人間不信?

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離婚は結婚するより何倍も疲れる」と言われますが、肉体的に疲れるだけでなく、精神的にもダメージを受けます。

 

人によっては、自分のプライドを傷つけ、他人や自分のことすら信じることが出来なくなります。
いわゆる「人間不信」。
いわは離婚の後遺症とも言える「人間不信」を人知れず抱えている方は、意外に多いようです。

 

なんだか切ないですよね。
だって、離婚を選んだのは幸せになりたいからだったはずなのに、離婚したら人間不信、自身も喪失なんてことになったとしたら、それは幸せから遠ざかってしまったように感じるでしょう。

 

人間不信の離婚後遺症に悩んでいる方には、ある共通点があります。
それは「本当は人を信じたい。自分を信じたい」という深層心理があるということ。
本当は人を信じたい。自分を信じたい。
でも、出来ないから辛いのです。

 

プライドが傷ついた方の中には、何より難しいのが自分を信じることだと答える方がいます。自分に自信を持つことなんて出来ないと断言される方もいます。

 

人間不信に陥った方は、敢えて他人と会話することを避けようとする傾向があります。
もし、人間不信を「克服したい」と思われているのなら、他愛もない会話でもいいので、他人と会話をしてみましょう。

 

そしてもう一つ、自分の中にある本当の気持ちを認めてあげましょう。
「他人から愛されたい」
「自分を信じたい」
「他人を信じたい」という強い気持ち。

 

人は、強い気持ちがあればあるほど、時にその気持ちを隠そうとします。
人から悟られないように敢えて「そんなこと考えてもいない」風のそぶりを見せます。
人に悟られたくないから、自分を強がっているのが辛いから、他人と会話することを避けようとするのです。

 

でも、他人を避けるという行為こそが、「愛されたい。信じたい」という強い気持ちの現れなのです。

 

「愛されたい」と思うのも、「自分や他人を信じたい」と思うのも、人として当然の気持ちです。

 

一度人間不信に陥ってしまった方は「もう二度とあんな経験はしたくない」と感じ、人から裏切られたり、いがみ合う関係になる位なら「誰とも関わらなくていい」と考えてしまうのです。
誰とも関わらなければ、傷つくこともないし、これ以上の人間不信にならないから。

 

言葉を変えてみると「他人と関わったら自分が傷つく」とも言えます。
これはつまり、「他人は自分を傷つける」ということ。
「自分はどうせ他人に傷つけられる」=「どうせ私なんて人から大切にされるはずがない」という気持ちの表れで、厳しい言い方をすれば「私が自分を認めることが出来ないのは、
私を認めてくれない他人のせいだ」と他人に怒りをぶつけているとも言えるのです。

 

離婚というのは、人生においても大きな出来事だったと思います。
そして、ものすごく「不幸な出来事」だったと思われる方もいるでしょう。

 

人間は「自分が不幸だ」と思ってしまうと、頭の中が自分の事ばかりで占められてしまいます。
他人のことや気持ちを考える余裕もなく、自分が他人から認められないことばかりに気を取られてしまうのです。
そして、益々意固地に人との関わりを避けるか、もしくは「信じたい、愛されたい」という気持ちとは裏腹に、傲慢な態度をとってしまうのです。

 

他愛もない会話だけであっても、少しずつ他人との会話を増やしていくと、少しずつ、少しずつ、他人のことを見えるようになってきます。
同時に、自分のことも客観的に見えるようになってくるはずです。
そうなった時、離婚という出来事も、ただの不幸な出来事ではなく、自分にとって必要な出来事だったと受け入れられるのではないでしょうか。

 

 

 

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