夫婦不仲のストレスで心から不感症になるパターン

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一昔前の結婚は、結婚式当日まで夫や妻の顔を知らなかったという人もいる位、親が決めるものでした。
今では考えられないですよね?

 

親が縁談を決めてきて、それに何の抵抗もせず従う結婚。
相手がいい方であればいいですが、そうでない時なんて最悪です。
昔の女性は「耐え忍ぶ」のが美徳とされているようなところもあったので、皆さん不満はあれど、今ある現実の中で一生懸命に生きたのでしょう。

 

それに比べて今の時代の結婚はどうでしょうか。
今でも「家同士の結婚」をしなければならない方はいます。
しかし、一般的には自分が好きになった人、自分が決めた人と結婚する「自由」があります。

 

出会いはどうであれ、何かしら惹かれるものがあって結婚した二人。
夫婦となった時に描いた夢はどんなものだったのでしょうか?

 

結婚を自由に決めることが出来るようになった一方で、自由に離婚出来るのも現代と言えます。

 

「離婚」という選択をして、新たな人生を歩き出すというのは、ある意味前向きな選択と言えます。
しかし、中には離婚はせず夫婦という形は保ったまま、もう何年も不仲な関係を続けているご夫婦が存在しています。

 

元をたどれば、不仲な夫婦も「自分で選んだ相手」と結婚したはずなのに…。

 

最初は本当に些細なすれ違いだったのかもしれません。
それが何度か繰り返される内に、お互いが歩み寄らず、相手に原因があると思い、どちらも折れることもなく、前に進むこともない。
不仲の現状維持を続けている毎日。

 

ハタから見ると、そんな生活はどれだけ辛く苦しいのだろう?と想像します。
しかし、当事者たちはそれほど辛そうに見えない人が多いのです。

 

一対何故なのでしょうか?

 

それは、不仲である家庭に慣れてしまっているから?
心が不感症になってしまったから?

 

話しをすれば意見が食い違い、意見が食い違えば喧嘩になる。
喧嘩をすれば少なからずイヤな思いもするし、傷つくこともある。
「どうして私のことをわかってくれないの?!」
理解されない自分が可哀そうに思えてくる。

 

そのうち、どうやっても理解しあえないのではないかと不安になるけれど、それを認めるのは辛いし怖い。
傷つくのが怖いから、何も感じないふりをする。
感じないふりが板についてくると、それが当たり前になり感じる心を閉ざしてしまう。
相手から見ても「感じてなさそうな相手」だから、「話しをしても無理」だと思う。
もうこれは悪循環ですね。

 

人は無意識に自己防衛をする生き物です。
心の傷は見えないけれど、心が寂しい、苦しい、辛いと傷つく気配を感じると、それを避けて通ろうとします。
でも、本当は避けて免れる傷と、避けるからより重症になる傷があると思うのです。

 

夫婦関係においての不感症は、傷を避けるだけではなく、相手に対する「好き」という気持ちや、長所を見つける目も不感症にさせてしまいます。

 

人は好きな人にはいい気持ちでいて欲しいと思うものです。
だからこそ、思いやりの心が芽生え、歩みよろうと努力出来て、それが心の成長に繋がります。

 

それが「好き」という感情をも感じなくなってしまう不感症では、思いやりも湧かないし、歩み寄ろうともしない。
歩みよった方が負けとでもいいそうな勝ち負けの競争になってしまう。
自己防衛のつもりで不感症になったはずが、これは心の成長も止めてしまいます。

 

不感症を違和感なく続けて不仲状態のご夫婦は、間違いなく夫婦としても、個人としても心の成長が止まっていると言えるのではないでしょうか。
むしろ、心の視野がどんどん狭まって、不感症といいつつ、相手の欠点やイヤなところばかりが目について、イライラするからどんどん不感症になろうとする。

 

あなたの心はちゃんと感じることが出来ていますか?
心の不感症は誰かが治してくれるものではありません。
あなたが心の扉を開くことで感じるようになります。

 

どうせ傷つくのであれば、きちんと感じてみませんか?
きちんと感じることが出来たら、それを素直に言葉に出して、お互いの心を見せ合う喧嘩をしませんか?

 

それは少なくとも、不感症であるより、夫婦の理解が増すように思います。

 

感じるのが心。
感じていいのです。感じましょう。

 

 

 

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